嫁と小姑

今、2つの大きな問題を抱えていて、1つはまあ時間がかかることなのでじっくりしっかり取り組もうと思っているのだが、もう1つの問題が厄介でならない。

実は今実家に帰省しているのだが、義姉との関係悪化が私のメンタルを思いっきりぶん殴りに来ている。
元はじゃあ仲が良かったかと聞かれたら別にそこまでではないが、ある程度は話したし一緒に食事もした。
しかし今回は一切口をきいてない上に食事も別々に食べている。
その行動の理由は私の問題なのだが、流石にそこまでするか…と正直驚いている。
義姉の言い分では「話しかけられないから話さないだけ。私はそこまで意地悪じゃない」とのことらしいのだが、共に食事をとることを辞退されている側からしたらとてもじゃないが話しかけられない。

先日、義姉が2日間居ない日があった。3日目になり、寝起きに義姉の声を聞いた瞬間に体が硬直した。私の体は完全に義姉が無理になっていた。
その日は歩いていても涙が出るし、希死念慮は増幅するし、もうどうしたらいいのかわからない状態だった。
私が自殺企図を止めた友人に相談したら、
「私のことは止めておいてお前が死んだら墓石壊しに行くから今すぐ病院に行け」
と言われたので大人しく病院に向かった。
主治医は何度も何度も「どうしようかなぁ、困ったなぁ」と口にしてから、
「環境が悪いので入院はどうですか?」と提案してきた。
入院……。環境の変化のために…。いやでも退院したら元通りですけど…。
というか今入院したら年末年始病院なんじゃ…と思った瞬間から「嫌です!」とひたすら答えた。
「でも今のあなたを実家に置いておくのはちょっと不安だなぁ」
医師もなかなか引かない。結局どうするかは月曜日に決めることになった。
私は意地でも入院しない。年末年始は家で過ごしたい。何より勧められた病院のGoogle評価が1.2の時点で無理だと思った。
1.2って何したらこんな数字たたきだすんですか?ってレベルだと思う。

嫁と小姑はなかなか合わないと言ったもんだが、流石に存在を消されてるかのように振る舞われるのはきっつい。
両親は「あんたの家でもあるんだから堂々としてなさいよ」なんて言うが、私はもう嫁に出た身であるから、それなりに気を遣う部分がある。
恐らくもう義姉とは上手く話せる日はこないだろう。私自身が本当に無理になってしまったので。
とりあえず早く落ち着いた場所に帰りたい。

あの頃の私

人生で1番しんどかった時に、あまりこの言葉は好きじゃないんですがネットの中のとある界隈にひょっこり出会ってそこに半年ちょいほどいました。3年前くらいかな。
簡単に言えば、生きるのが難しい人達の集まりの中に私もいました。
もちろんそんな人間だらけなのでTLには不穏な言葉がぞろぞろ並んでいて、しかしそれは通常営業なので、
「あー、気圧だねー」
「あー、雨だねー」
みたいに流していることが多かったです。


生きにくい人たちって、往々にして承認欲求が強いので、当時誰かしらが毎日毎時ツイキャスをしていました。
Twitterアカウントがあれば誰でも出来るライブ配信です。
誰かが作業しながら配信していたり、コラボ募集といってラジオにゲストが来るみたいな2人、3人、4人配信となったり。
私も何度かツイキャスをしましたが、何故か私のツイキャスはいつも討論会になって、最長6時間という謎の数字をたたき出したことがあります。
とにかくみんなそんなふうに集まって、あーでもないこうでもないと言い合っていました。


「人の好意を受け取らないのは間違っている」的なことを言われたことを思い出します。
その好意とは優しさであるとかそういったものです。
私はその言葉にブチ切れて、当時使っていたそのアカウントを消すまでしました。
好意って差し出したら受け取ってもらえて当たり前だと思ってるんだなぁと。
謝罪もそうです。謝れば許して貰えると思っているのかな、と。
あくまでそこを決めるのは相手です。
受け取れない時は受け取れません。
受け取れる相手と受け取れない相手ももちろんいます。


今でもその当時繋がっていた人の一部とは繋がっていますが、関係が切れた人もいます。
私が当時とても苦しい時に、厳しい言葉でしたが励まし続けてくれた人がいます。
その人とは疎遠になってしまいましたが、今でもよく思い出します。元気に暮らしてくれていたらいいなぁと思います。
そんな気になるなら連絡すればいいじゃんと思う方もいると思います。けれど、その人はきっと関係性を持ちたい人と繋がり続けていくと思いますし、そこに入らなかった人間であるので気安く連絡をとっては失礼だと思うのです。


その界隈で、私は知人を2人亡くしました。
そして1人を自殺未遂から通報しました。
亡くなった一人の子はよく大学のキャンパスからツイキャスをしていて、とても穏やかな声と共に響いてくる風の音が耳に残っています。
亡くなったもう一人の子はツイキャスでちょっとした議論をしたりだとか、好きな音楽のジャンルが一緒ということで親近感を持っていたりしました。
未遂をしかけた子は今、入院しながら自分としっかり向き合おうと頑張ってます。


メンタル疾患の世界では「悪いもの同士は共にいない方がいい」というのが通説ですが、孤独を埋めるためにやはり集まってしまうものです。
私は今や殆ど関わりもないですし、当時繋がっていて、今繋がっていない人達がどうなったか知りません。
ただ、生きているなら少しでも笑顔の多い日を歩んでいて欲しいなと思います。


めちゃくちゃに病んで毎晩お酒に逃げて人のツイキャスに縋っていた私へ。
今も色々あるけど、頑張ってるよ。これからさらにひと踏ん張りだから頑張るよ。もうお酒には逃げないよ。

選択肢

ちょっと急いで決めなければならないことができて、しかしそれは今後の自分を左右することなのでとても気が重い。
今日の昼間はそれについてずっと考えていて、気付いたら考え疲れたのか寝てしまっていた。
今のままも地獄だし、未来に託すのもまた地獄のようで、これ詰んでるんじゃない?というのが率直な感想。


実は今年の記憶があまりない。
ゴールデンウィークに帰省したらしいんだけど何も覚えていない。
何しに帰ってきたっけ?って頭の中がはてなでいっぱい。
いろんなことが自分の身に起きて、これが前厄ってやつ?とか笑いながら話してるけどお祓いとかは行ってないし、人生なるようになるしなるようにしかならない。
どこをどう見ても良くないことだとはわかっていても、それに対して素直に動けない自分がいる。
人間らしいといえば人間らしいが、周りを巻き込んでまであれこれ面倒ごとは起こしたくないというのが率直な気持ち。


私、これでも結構必死に色々やってきたつもりなんだけどなぁって自分に対して思う。
でも、まだ足りないのかな。いや、そろそろ私も限界だよって声がする。
人を支えるってとっても難しい。
逆に私のことは誰が支えてくれるんだろうとかぼんやり考えてしまう。
価値観が噛み合わないと、とことん理解し合うところから遠ざかってしまう。
誰が相手でもそう。


人生1度だから自分が幸せになれる道を選んだほうが絶対にいい。誰が何を言おうと、自分の幸せを追求していいと思う。
背負わなくていい苦労をわざわざ背負う必要もない。
ここまで言い切れるのになんでこんな風に悩んでいるんだろうね。

病院マン

いろいろと面倒ごとが起きている。
まあ、それはいい。
今は3つの病院に通わなければならなくて、今まで放置来てきたツケがここできたんだな、と思う。
その3つは一年近く自覚はあったものの放置していたことなので本当に自分が悪い。


最近、なるほどな。と思うことを言われることが多かった。

①あなたは愛情深くて優しいようでいて、他人に甘いだけだし愛情は限定的でしかない。
②あなたは自分に尽く関心がないのである意味人間味がない。

この二つを聞いてほどなぁと笑ってしまった。
人というのはその人その人で相手によって顔を変えるものだと思う。無意識にそうしているのだと思う。
ただ、この二つの指摘はとてもなるほどなぁ、と個人的に思った。
確かに私は優しくないのだ。人間に優しくできるほど人間ができていない。
優しくしたいと思える人にしか優しくできない。
愛情も同じくそうである。
その優しくしたい、愛したいが尽く範囲が狭い。
一度心を開いたらとても長いが、開くまでが酷く複雑で常に話すときには予防線を張っている。
心を許しているようで許していない、を見抜かれて笑ってしまった最近だった。


あと、今更かよという問題として発達障害の傾向がある可能性を指摘された。
その前には双極の気があるとも言われて最早何がなんだかわからねーよ、である。
主治医はADHDの多動を意識しているらしく、もしくはASDの併発とも考えているようだ。
もしそうだとしたら、なるほどね。と思うしかないのが本音だ。
今更わかったところでどうしようもないというか、そのように生きて行くしかないだけだ。
今後生育歴の話も交えつつ、ゆっくり診断を下したいとのこと。
最早、どうにでもなれ。

手紙のようなもの

「不甲斐ない」
心の底から今思うことはそれだ。
私生活も、友人関係も、私は今とことん不甲斐ない。

今、ひとつの命がゆらゆらと揺れている。
「消えたい」と。
それを知りながら、聞きながら、
何がベストなのかわからずにいる。

私自身、投薬治療を受けている身で
言わば薬が人間にしてくれているようなものなので人間もどきだ。
薬が無ければ睡眠も取れない。
ああ、なんて無様なんだろうなと己を思う。
10年以上、私はもう人間ではなく人間もどきだなのだ。

だからこそ、同じ悩みを持つ人々と出会えたことも事実で、今消えようかとしているその火はまさに出会えた命だ。
「消えないで」
そう言うのは簡単だ。
そして、それは無責任だと私は思う。
それを願ったところで、私はその人の苦しみを何も出来ないからだ。
出来るとしたら、話を聞くことくらいだろう。
希死念慮にまとわりつかれた人間の苦しみに、私は簡単に生きてなんて言いたくない。
これは勿論、自死を推奨している訳では無い。

ねえ、まだ約束のもつ鍋屋さん行ってないよ。
私がこんなことになって約束守れてないから、もうちょっとまってて。
もつ鍋屋さん、行こう。

障害者夫婦

夫も先日遂に障害者になった。
等級は2級。病名はうつ病。私と同じである。
しかし夫はゲームなど長時間何かをすることはまだ苦ではないようだ。

1番苦しいのが朝で、この世の終わりのような顔をしている。
シャワーを浴びに行く足取りも重く、何をしても、ふぅ。と息をつかねばならない。
私にとっても地獄の時間だ。
本当なら夫を休ませたい。
けれども夫は仕事に行きたい。
励ますしかないのだ。お互い頑張ろうと毎朝呪文のように繰り返す。

障害者同士の結婚、果たしてこれは正しいのかどうなのかわからなくなる時が多々ある。
けれど、失敗ではない。とは言える。
夫が仕事に無事に行けた日はとても安堵するし、苦しいのに偉いよって何度も何度も泣きそうになる。
帰ってきてご飯を食べられてる姿を見るとほっとする。
当たり前の毎日は、我が家にとって当たり前ではないのだ。
毎日が奇跡で、毎日が生き残ってやるという気持ちだけで生きている人間の痕跡なのだ。

なんで離婚しないの?と聞かれる。
正直離婚を考えたことが無いと言ったら大嘘になる。
けれど、この人が諦めていないのに私が諦める訳にいかないと思うのだ。
離婚をしたらきっとすごく楽だろう。
自分の体のこともやっとやっとなのに他人の世話から無事に放たれるのだから。
けれど、それ以上にやはり夫婦というものは人それぞれであるように、今はまだ離れようとは思わない。

これからどうなるかなんてまだまるでわからない。
とにかく今私達は一日一日を生きている。
一日一日を生きた先に何があるのか。
出来ればそれが光であって欲しいと願うばかりだ。

期待してない

無性にイライラすることがある。
今久々にその時期で、何にでもすぐちょっとイラついてしまう。
月のものの前とかでもないのに。そもそも薬のせいで生理止まってるから。
綺麗な言葉で終わらせようとするのはいつだって好きじゃない。
綺麗な別れなんて所詮幻想だ。

というわけで生理が止まって3ヵ月近くになるんですけど、理由はわかっていて。
睡眠薬として服薬してるヒルナミンのせいなんだそうです。
なんか、体が母乳を出してる状態と勘違いしてしまうんだそうで。
勘違いしないでよーって感じなんですけど仕方ないですね。
婦人科に行ったら、3ヶ月生理来なかったらまた来てくださいと言われ、3ヶ月まであと半月なんだから薬出してくれてもいいじゃんと思いました。
月のものが止まってるって女じゃないみたいな、複雑な気持ちになるよ。

病状はいいか悪いかと言われたらあまり良くなく、無理やり動いている。
モンスターぶち込んで動いたりしている日々もあったりする。
とりあえず最低限ご飯が作れたら良しとしているのだけれど最近はいよいよ厳しい日も増えてきていて、梅雨も開けたのにどうしたの?って自分に問うている。
寝起き一発目の言葉が「疲れた」だったりするから本当に良くないのだと思う。
でも病院で何言ったってなんにも変わらない。
なんにも期待してない。
自分に興味が無い。

今電車に乗りながらこれを打っているのだけれど、前は薬もなく乗れたのに最近また薬がないと乗れなくなってきてしまって。
なんというか色々悪化してるなって思うけど何とか生きてるので許してください。