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あなたが無駄だと言っても私はこれを誇りに思う

私は今働いていない。働けるだけのエネルギーがまだ体に戻っていない。
そしてPTSDの関係で過覚醒やら過敏やらで睡眠障害が酷いので日常生活も安定していない。
精神状態も不安定で薬が効きづらい疾患なので、どうにもこうにもというのが現状である。
しかしそうしていては社会との繋がりは簡単に絶たれてしまうので私がこれだけはとやっていることが、地域のイベントスタッフと震災関連のイベントスタッフだ。
この二つをなぜ始めたかと言えば学生時代の講師が関わっていて、友人のように親しくしていたらいつの間にか手伝いに来いという展開になって気づいたら毎年協力するようになったというとても変なきっかけなのだけれど。

私にとってこの二つはリハビリだ。
私にはエネルギーが無い。そして認知の歪みが大いにある。そして人間不信は医者のお墨付き、何ならテストでばっちり1番指摘された部分でもある。
イベントスタッフというのは一つの目的をある程度多くの人数と共有して話し合って作り上げていく行為なのでとても刺激になる。
エネルギーは毎回イベント終了後に緊張状態が一気にとけて(過剰な覚醒もしているのだと思うけど)何かしら体に不調をきたす。これはもう致し方ない。
認知の歪みに関しては色んな価値観を持つ人と関わるようになって随分矯正してもらった節があるし、自分よりヤバイなという人にも出会ったりした。
人間不信に関してはまだまだリハビリの序の口でしかないと言った具合なのだけれど、それなりに信頼関係を生んでいないとイベントの骨組みなぞ立てられないのでそこそこは効いているのだと思う。
そして何よりイベントから人脈は広がるし、色んな人に出会えるし、人との繋がりが断たれることはない。
なので、ある程度しんどくてもリハビリとしてこれだけはやっている。やると決めている。

このリハビリは年に二回で、地域のイベントスタッフは1月頃から打ち合わせが始まり、4月開催まで話を詰めて下準備をする。
助成金申請の書類をどう纏めるかなども話し合ったりする。
冬は最も不調なので戦いでもある。それでも社会との繋がりを絶ったら終わりなのでしがみつく。有難いことに私の疾患に理解のあるメンバーなので無理はしないでねと言ってくれるが、私自身が手を抜きたくない性分なので仕方ない。
貴女は仕事をしていたら確実にワーカーホリックになるタイプだと言われたりしたこともある。否定できないのが怖い。
震災のイベントスタッフは9月に打ち合わせが入り、10月に本格的に動く。イベント当日一週間前辺りは毎日のように会場にこもる。
前々日あたりから23時を過ぎる打ち合わせを繰り返す。
全国各地から集まってくれる照明のプロや音響のプロの話を聞くのはとても楽しいし有難いことだと思う。

何故いきなりこんなことを書いたのかと言えば、「貴女は治す努力を一切していない。逃げ癖がついているだけ。変わる努力もしてない。変化があるまで会わなくていい」と言ってくれた友人の言葉を思い出したからだ。
私は変わりたくて、治したくて、社会に戻りたくて、今出来る精一杯のこの二つにしがみついている。
友人の言葉では、お金を稼げなければ意味がないらしい。「1円でも稼ぐ努力をしろ」と実際に言われた。そういう考えかたがあるのも事実だ。他の現実の健常者から見たら私はただの甘えた腐った人間でしかないのかもしれない。
私が日々戦っている希死念慮と絶望感と慢性的な疲労感と異常な過敏性と過覚醒は目には見えない。
私が夜にどんな過ごし方をしているかなんて伝わらない。過敏性によるストレスで年間の中でも記憶が飛んでる時期が未だにあることすら、伝わらない。
わかって欲しいなんて言わないよ。それは価値観の相違ってものもあるからね。
けどね、私の努力はこれだよって提示したものを否定はしないで欲しかったよっていう私の気持ちの弔い。
あの日言えなかった私の気持ちがやっと纏められそうなので纏めてみた。素直に言えば怒りだってある。相当強い怒りと苦しみと悲しみがある。けれど、伝えたところでもうそれはただの喧嘩でしかない。

最近は周りでも妊娠した友人が増えてきて、結婚したら妊娠だねって当たり前のように話が進んでしまう。
それを伝えてきた友人も友人がちょうど臨月の頃だった。
けれど私は自分が生きることに必死だ。自分を大切にすることすらまだ学びとれていない人間に何が出来よう、と思う。
そして、そんなにも私に「普通」を求められても、もう頑張れない。正直、もう十分頑張ったのでそろそろ身の丈にあった生活を許して欲しい。
出来る範囲ならば頑張れるから、出来る範囲はなるべく広げていくから、今は許して、としか言えない。
私は求められてきたものを十分やりました。十分過ぎるくらい応えてきたら壊れたので、私を大切にさせてください。
私に、自分の可愛がり方を学ぶ時間をください。自分の喜びがなんであるかを知る時間をください。自分の好きなものがなんであるか思い出す時間をください。自分が安らげる場所がなんであるか気付く時間をください。
私をこれ以上殺さないでください。
私をもう、私の手で殺そうとさせないでください。