感情に蓋をしたら幼い私が泣いていました。

この所色々あったので書き留めておく。
整体を受けたら体がストレスで痛覚を失っていると指摘されたり、体の力の抜き方をわかってないと言われたり、人に心が開けていないと言われたり、交感神経と副交感神経のツボを押されて涙が止まらなくなったりした。
右後頭部に至ってはテニスボールのようなしこりが出来ていて、「どんな生活してたらこんなに凝るの!?くも膜下になりたいの!?」とお叱りを受けた。ほぐされた後に眼精疲労の痛みが復活してしまい、体を目覚めさせてしまったことを後悔した。「指で視神経を支えてあげているうちは痛くないと思うけどマッサージをやめて手を離すと痛くなると思う」と言われのだがまさしくそれで、マッサージ中は眼精疲労の痛みが消え、手が部位から離れた瞬間から鈍痛に襲われた。痛覚を目覚めさせるって恐ろしい。
そういえばいつからかどんなに目を酷使しても眼精疲労特有の痛みに襲われなくなっていた。なのですっかり治ったくらいのつもりでいたら真逆。麻痺しててわかってなかったと。でも、久々に体感した眼の痛みはあまりにも強烈で眠れなかったし、痛覚って無い方が便利なんじゃ無いかなと思ったりもした。
近いうちにきちんとマッサージを受け始めようと思う。

15年前に蓋をして放置していた感情と向き合わなければならない時が来た。
「人間嫌い、極度の人間不信、怒り」と。
鮮度が落ちないうちに大声で怒鳴ったり泣きわめいたり暴れたりしてでも発散させておけばよかったものの、私は蓋をした。
結果、15年間私は自分を騙すことに全力になっただけだった。
私は人が好きです、私は人の優しさが嬉しいです、人に期待することをやめたく無いです、なんて言葉を口にして自分はもう人間が好きで信じられて大丈夫って騙しこんだ。
騙しこんだところで自分の内側には当時叫べずに感情に蓋をすることを選んだ私が睨んでいるのだからもうどうしようもない。
わかりました、私の負けです。私は15年経って人嫌いや人間不信や人への嫌悪を拗らせました。15年前の私が酷く冷たい目で私を見て睨んでいる。私はまず、15年前の自分と仲直りして、極度の人間不信をゆっくりと紐とかないといけない。先が果てしなく長い。

そんなこんなが連日あって少々疲れているところにメンタルの不安定が重なって涙は出るし、素直な気持ちを口にできないし、冷たい物言いになるしで何もかも最悪でした。
相手も相手なりの環境下で必死に生きていると言うのに感情をぶつけ過ぎたなと大きく反省。
しかし私もいよいよ限界だったしタイミングとしては今日しかなかったのだけれどもっと上手くできなかったかなとずっとずっと反省している。感情が爆竹のようにバチバチと散ってしまうことがある。大きな音をさせながらあちこちにバチバチと飛んでしまう。これでも歳を重ねてからはだいぶ減ったのだけれど。
バチバチの理由はいつだって言いたいことを適切な時に上手く吐き出せないでいたりすること。
とにかく、感情は適切な処理のタイミングがある。それを逃すと厄介になることだけは確かだ。

2017年1月、すごい勢いでいろんな出会いがあったり、予定が入ったり、過去に蓋をしてきた問題が揃いも揃って目の前に現れたり忙しい。今年は私の行動パターンを変える年なのだろう。やらなきゃね。

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