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7年間の性的逸脱の答え

これを書くことで何が変わるかと言ったら、何も変わらない。ただ、過去にこんなことがありましたって晒すだけなのかもしれない。それでも、誰か1人でも力づくの行為は人の価値観を壊しきってしまうのだと知ってくれたならいいと思うし、この文章がウェブの世界を漂い続けることで同じ経験をした人が素直に泣けたり、自分を責めることをやめたりしてくれたなら、もうそれだけで価値があると思いたい。

 

私の恋愛に対する憧れや、結婚に対する憧れ。恋愛の楽しさや美しさ。人を好きになる喜び。結婚という人生を共に歩む人を探し出す意味。様々なものを一瞬で打ち砕いたのが、小学生の頃から兄のように慕っていた兄の親友からのレイプだった。

 

ちょうどその頃兄の結婚式の余興にサプライズをしようとしていて歌を歌うことになっていた。その練習場所が相手の家で、兄の他の友人や私の次兄もよく集まっていた。結婚式も無事に終わり、さあこれで少しゆっくり出来るねという時だった。「あの歌を録音したいから歌いにきてくれないか?」と言われた。小学生の時から遊んでもらっているもう1人の兄のような人。大好きな人。その当時その相手は新婚さんで、お腹の中には既に子供がいた。その事実も嬉しくて録音はお祝いの気持ちで歌うよ、と家に向かった。

歌の録音をそれなりに済ませて、休憩をしようとなった時だったと思う。正直ここからの記憶は断片的で殆ど覚えていない。最初はいきなりキスをされたんだったと思う。この人、何しているんだろう?と現実だと思えなくて呆然とした。その後思い出せるのは相手の体重と、大声を出したいけれど出してしまったらこの人は兄の親友だから大変なことになってしまうという葛藤と、大事にしたら兄とこの人の人間関係に関わるから耐えなきゃという気持ちと、「奥さんいるんだよ、子供もいるんだよ」と言い続けたことと、脱がされていく服と、そこからはただぼんやりと眺めるしかなかった天井。

私は何をされたのか。私は何をしているのか。結婚ってなんだ。子供ってなんだ。性欲ってなんだ。恋愛ってなんだ。愛し合うってなんだ。汚いな。この体、汚いな。気持ち悪い。この体全部気持ち悪い。性欲ってこんなにも汚いんだ。終わってからどうやって家に帰ったか、まるで覚えていない。勿論兄には言わなかった。言えるわけがなかった。どれだけ長い間培われた友人関係であるかこの目で見てきているから。

 

その日から、私の中で性行為というものがとても乱雑な扱いとなった。男性から雄に変わる瞬間を見ればこいつもそうか、と笑うようになったし、汚れた体にはこれくらいの性行為がちょうどいいんだと思うようになった。なので、本来愛し合う人たちが喜びの中でする行為なんだよと言われた時には正直驚いた。いや、だって私はそんな綺麗なもの知らないよって。

勿論好きな人が居たこともある。恋愛もした。けれど、いざ性行為となるとどうしても自分は汚れきっているような気がしてただ申し訳なかった。あなたは純粋に私を愛情で抱こうとしているのですか?それとも雄である故に衝動を止められないのですか?と頭の中がいっぱいになった。愛情で抱かれるということがいまいちわからなかった。雌として求められる顔はわかるけれど、愛情で抱き合って何を求めるのか私は取り逃がしてしまった。

 

性行為と聞いた時に、私の頭の中では今でも雄と雌の戯れが頭に浮かぶ。本能に身を任せて本能に溺れていく見苦しい大人が頭に浮かぶ。純粋な愛情の行為だと素直に思えないのだ。事実として、人間は愛情がなくても性行為を難なく出来るということを先に知ってしまっているから。その時の欲望で相手を傷つけようが満足したいと思う生き物だから。その場の勢いやその時の温度で人は簡単に体を貪り合う動物に成り果てると知っているから。なんの希望もない。

 

同じ地元に住んでいるので、相手が家族連れで歩いている姿を見かける。正直馬鹿馬鹿しくて鼻で笑ってしまう。子供の姿を見ても、奥さんの姿を見ても、ただ可哀想だと思う。あなた達が居たところで、あなたの愛するお父さん、旦那さんは抵抗できない1人の女性を犯しましたよって。社会的には立派な旦那で父親だとしても、性欲に走った雄ですよって。勿論顔を合わせれば挨拶をしてきた。何処かであの日私が行ったから悪かったんだと思い込んでいたから。しかし、嫌悪してはいけない、憎んではいけないと心に蓋をすることをやめたら随分と楽になれるのだと7年かかって知った。もっと早くに嫌悪して憎んで許さなければ私は遠回りをしていなかったかもしれない。

 

もしも性的被害を受けた経験がある人がこれを読んで自分を責めたままなのだとしたら、あなたは何一つ悪くないと言いたい。そしてあなたは何一つ汚されていないと伝えたい。私も遠回りをしてこの答えにたどり着くまでに7年かかってしまったし、その間にたくさん自分を傷つけたけれど、やはり何度考え直しても力でねじ伏せて言葉を失わせた側が悪いし、汚いとしたら襲うという思考を持っている側なのだ。あなたがどんな被害を受けていようと、あなたの美しさは奪われていないしあなたの存在価値は輝いたままだと伝えたい。あなたの価値はそんな一方的な醜い出来事で消え去るような魅力じゃない。受けた傷はきっと膨大な時間をかけて癒していくしかないし、愛されるという意味を見つけるまでにはとても困難な道が待っているけれど、それはあなたが悪いからじゃない。完全にある日突然事故に巻き込まれたくらい理不尽なこと。

きっと男女関係なく、雄に成り果てた人間から傷を受けた人、雌に成り果てた人間から傷を受けた人が等しくいると思う。そんな環境にいる、若しくはいた人達が少しでも自分の価値は何一つ汚されていないと思ってくれたらいいなと、同じ経験をした私は思う。

 

7年かけてたどり着いた答えは、「私はこれから歪みのない愛情行為を学べばいい」ただそれだけです。きっと険しい道のりで、時に激しく性嫌悪に襲われて、時に激しく女であることを憎んで、時に激しく性行為が虚しくて笑いたくなるのだろうけれど、それでも「こんな幸せを本来人は愛する人と感じるのですね」と知りたいから、諦めたくないなと思うのです。それが幾つになろうと掴み取りたいものなのです。